よそ行きの日記

日記です。オチなし。意味なし。待てど海路の日和なし。

私のトラウマ

石垣の離島、小浜島へと向かう高速船の脇を、白い小波が猛スピードで通りすぎていく。波は、遥か遠方にあって微動だにしない水平線まで、 徐々にスピードを落としながら、ずうっと連なっている。水平線から上に向かって徐々に青色を濃くしながら広がっている空には、白く大きな雲がいくつも浮かび、 力強くコントラストをつくっている。

高速船の窓は広く開け放たれ、客席には絶えず海風が流れ込む。風は特に湿り気を帯びるでもなく、私の傍をするりと通り抜け、そのまま後ろへ流れていく。

風に当たりながら、私はずっと考えていた。

何か落としたらやだなと。

他に何か考えることはないのかという話だが。どうにも苦手なのである。なんというか、あの、ものを落としたり、飛ばされたりしたら取り返しのつかないことになりそうな場所が。

そういう場所は当然高いところを含むので、他人からは高所恐怖症とも勘違いされがちというか、大抵の場合、面倒だから自ら高所恐怖症を名乗るのだけど、本当は高い場所でも、囲いがしっかりしていて、ものを落とす余地がなければ特に怖いということもない。逆に、件の高速船のように、周囲が海だったりすると別に高所でなくとも恐怖の対象になるのである。

じゃあ歩道橋はどうでしょうか。

正解は、怖いでした。

どうでもいいか。


筒井康隆の短編小説だが、「悪夢の真相」という話がある。いや、話自体は別に面白くもなんともないのだけど、本人が無理に忘れ去った過去のトラウマが、上述した私の恐怖症のような症状を引き起こすというあたりが描かれている。

かかるお話の主人公は、突然般若の面を被って飛び出してきた友達(←なんなんだ、こいつ)を、そうとは知らずに驚いて突き飛ばし、高い橋から川に落としてしまった過去をもつ。そして、その辛い記憶を無理やり忘却の彼方に追いやったことで、般若の面と、橋などの高所に対する異常な恐怖心を抱くようになってしまう。ま、結局友達は生きてたということがわかって、恐怖症もなくなるとかいう話なんだが。どうでもよすぎる。

で、自分の恐怖症である。もっとどうでもいいが。

この恐怖症にも、何か原因となる体験があるかというと、これがじつは心当たりがあるのである。

私が小学校の1年生くらいのときだったと思う。家族でオーストラリア旅行にいった。そこで、桟橋のようなところを歩いていると、急に強い風が吹き、私が被っていた帽子が飛ばされてしまったのだ。

そう。そのまさかである。

それだけだ。

仕方がない。事実が小説よりも奇なるのは、現象として稀なのだ。大したことのない出来事なので、私の脳も無理に忘れることはないと判断したんだろう。結構ハッキリと覚えている。クリアカットなトラウマ。リアルな夢というのとはまた違った不気味さのある言葉である。

ただ、買ってもらったばかりの帽子だったので、結構ショックだったのだ。さかなクンが被っているような、前にビヨーンて飛び出した魚のついた青いキャップだったと思う。魚がこう、ビヨーンて。

そのデザインがまた、私のトラウマをいっそうチープにしていることは言うまでもない。

というかこれ、そもそもトラウマとは言わないんじゃないか、という気もしてきている。